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みずたま研究所 鬼コーチの渾身のお散歩ブログ

多重人格の人の中のなんでも理屈で片付ける人のブログです。

多重人格のキャラ発生ポイントの発見方法

特徴に反映されている当時の環境

 

今回特定された【葵ちゃん】というキャラクター。

 


【キャラ確定報告】椿ちゃんと”もう一人の椿ちゃん”の存在理由【多重人格の記憶回復】

 

以前結婚前提の同棲まで進んだ恋人と最初に付き合った子である。

 

議事堂から見てみると、惚れっぽく恋愛沙汰が多いかなりの問題児。他の子が男友達とつるんでいると大概発動する。箕浦には珍しいちょっと時代遅れにも見える女子モードと、奇異に見える行動(町中で酒を飲む、人目も憚らずベタつく、都心でも木登り)など、かなりの非常識で手を焼くタイプの子である。

 

この子は以前風俗店勤務をしているが、始めたのは別の子。基本的に「出番になると発動し、それをこなすだけ」がキャラクターの日常であるため、特に違和感なくこなしている(そもそも漂流時代を売春に近い行為で凌いでいる)。

この子の印象的な発言「この仕事いい仕事じゃないの?なんで悪いの?」

 

ついでに人の財布を食い潰す場合がある。というのも、相手がニートや学生なら自分が全額出す、「出せるヤツが出す」という発想のため、黙っていると相手に負担させ続ける。そのあたりの気遣いの基盤がない。

 

人の常識は育った環境に依る。多重人格も同じで、そのキャラクターが発生した当時の環境を「常識」として生活をする。

 

Twitterでの記憶出し合いによって、この子の発生ポイントが18歳のときの居候にあることがわかった。

解離性遁走に至った経緯でもあるこの居候、相手が金遣いが荒く、最終的に借金で蒸発している。「金下ろしてくる」と言って消費者金融へ寄る金銭感覚のアレな人物だが、遊ぶ金は全て自分が持ち、後腐れもない。

また、家主は派遣型風俗店をよく利用しており、その間葵ちゃんは外出をする。感覚が同居人とシンクロされており、お互い「楽しければいい」とすんなり割り切られている。そのため風俗店勤務にまったく抵抗が無かった。

居候に至ったのはおそらく別の子で、ときたま病んだりリストカットをすることもあったが、その時にその同居人がだっこをしてくれていた。これが以降他のキャラクターを悩ませる症状へ発展するが、問題がここにある。

 

葵ちゃんはお色気キャラと設定されていたが、実際にはその不安定な状態の時に落ち着けてくれる【だっこ相手】を必要としていただけで、結果そうなったというだけであった。椿ちゃんが裏で監視していることにはそれがトラウマとなった経緯がある。

 

トラウマトラップを交わし続ける【特性】

最近いじめの記憶を回復した古株戦闘組、梓ちゃんの場合。

 


【多重人格の記憶回復】「大人になれないことの証明」解離性同一性障害の記憶の回復

 

発動ポイントが【話を聞かなそうな相手が出現した場合】。

数日前に男の子が掘り起こしたところ、この子のトラウマは幼少期の【自分の言い分を押さえつけられる記憶】であった。

 

このように、その子の【考え方の特徴】、【箕浦内での特性】と人生史を照らし合わせると、発生ポイントが判明する場合がある。

 

今現在人生史がそこまでまとまっているわけではない。

近日総監督の情報を頼りにいったん整理し、発生ポイント不明のキャラクターの考察を行う。

トラウマ記憶回復による解離性同一性障害治療の方針

現在重要な記憶が回復し、箕浦議事堂の人員数の多さも解明できてきている。

 

箕浦のトラウマの【原体験】は、【不安に思うことを許してもらえないこと】、古株戦闘組の発作要因は主に【大人からの強要】、【選択を迫られること(それによって自分が処罰を受ける恐怖)】である。

基本人格【ひまさん】は気持ちに折り合いを付けることや意見を持つことをまったく学んできていない。今現在ひまさんには好き好みを判断する能力がまったく無く、服すら選ぶことができない状態。

ここから正常な状態へ導くことを考えるのであれば、正当な方法はイチからやり直すこと。各チームで割れていた情報が繋がってきているのを利用しながら、お互いの場所からは何が見えているのか、なぜ自分がこの立場にあるのかを各々で理解していくことで、極端に割れている人員が少しずつひまさんに近づいてくると思われる。

 

解離性同一性障害で回復の障壁になるものの一つに、【そうでない人との意見の持ち方の違い】がある。

普通の人が「側面である」と認識できるものが、多重人格ではできない。自分の意見はこれと思い込んでいる(というよりその子の意見はそれ)。いじめ体験がトラウマになっている反面、箕浦には【いじめっ子】、【非行少女】、【最終兵器】のような周囲からの接触を許さないようなキャラクターや、周囲と仲良くしているキャラクターもいる。これらは基本的に「今はうまくいっているからいい」「いじめられたってお前もいじめただろう」と受け取られがちであるが、これはまったく誤りで、あるキャラクターにはその子固有の記憶しか与えられていない。それらのキャラクターは【いじめられっ子】の傷を保護するために生まれており、そのような責任は記憶の統合後はじめて認識できるものであって、初めから問うのは傷を抉ることと変わらない。

一般レベルの理解では多重人格の治療は困難であるため、今現在の状態で周囲との接触は避けるべきであると考えている。

 

多重人格発覚直後に頻繁に出現していた【最終兵器】は今現在現れない。これは症状への理解が進み対策が置かれたためである。このように、症状に合わせて確実な対策を取らないかぎりは荒いキャラクターは保護のため出てこざるを得ない。

 

今現在各キャラクターが自主的に会議を重ねているため、このまま経過観察、必要があれば修正を加えていく。同時に、反応を見ながら生活史について情報収集していきたい。

【解離性健忘】記憶の回復に至った経緯

記憶の回復フィーバー中

今現在、箕浦に重大な記憶が戻って状況が混乱している。

基本的に、箕浦は症状が出た際に原因を考えるようになっている。【症状には意味がある】Lost gravityのお触れがもう馴染んでおり、出来る子は夢分析まで行っている。全員が【原因を見付けなければやっていけない】という諦めみたいなものがあるのと、既に意志力の強要を解いているため【認めたくないもの】も特に事情がない限り認めやすい環境になっている。【自分が悪いわけではない】ということを許せなければ基本的に認めるところまで至らないと考えている。

 

これまで動画やTwitterで【情報のフィードバック】、一つのキャラが持っている情報を見える形にして、それを再度入力し別の視点から解釈する、それを繰り返しているうちに記憶・情報同士の繋がりが出来てきている。

 

今回重要な記憶が戻ったことには、2つの要因がある。

症状の原因追求

撮影当日、心臓が重くなる中学生以降続いている症状に見舞われ、その状態のまま動画撮影をし【何がつらいのか?】の吐き出しを行った。その動画を確認してみると、過去に撮影した【いじめられっ子】の現在が確認できていることがわかった。そこで、【この子は誰なのか】を考えているといじめられっ子本人が自分の居場所に気がついた。

症状を気に留めることがなければ、記憶が持ちだされることはなかった。

持っている情報を書き出させる

古株戦闘組は、いじめられっ子の【小学校にいる】という一文を見た瞬間に記憶回復の波に見舞われた。これは、いじめられっ子サイドが一人で持っている情報を全員に知らせ、【その情報に反応するキャラが出る】仕組みが使われた。

この【小学校にいる】という告白ができたのは動画制作の場があったからで、それがなければこの子は自分のことに気が付くことができなかったかもしれない。

 

引き続き、各キャラクターに自由に吐き出しを行わせ、負担が偏ることがないよう治療を進めていきたい。

 

※ここまでで確定しているキャラクター一覧

幼少期

・ひまさん

・いじめられっ子

 

幼稚園

・貴族

・いじめっ子

 

小学校

・古株戦闘組(今回記憶を取り戻した子)

・鬼コーチ

・非行少女箕浦

 

中学校

・17歳

・あほの箕浦

 

高校生

・名無し17歳

・団子坂先生

・きょんちゃん

※「降臨」とか言ってる名無したちは基本このあたり

 

遁走以降

・最終兵器

・ちよちゃん

・椿ちゃん

 

仕事用

・社会人の子(某上司用)

・ギズモ

・不明の下界戦闘組2名

 

発生ポイント不明

・リンジー

・植木屋

・うさぎさん

・宗家

・生活科

・男の子たち(人数不明)

・「めんどくさ」が口癖の名無し

・20年前のセンター街のギャルみたいな名無し

・よくプスーってなってるマスコットみたいな名無し

・お姉さん系の名無し2名

解離性同一性障害の身体的に辛い症状

多重人格は、脳の発達がそれぞれに奥行きを持っていて、目の前の問題やイメージの想起で該当する部分が使われるようになり、キャラ変が起こると考えている。箕浦では、「●●したヤツ出てこい」と言ってその記憶を掘り起こすとその記憶を持ったヤツに切り替わる。

 

一番厄介だったのがパニック発作のような切迫感や動悸を伴う発作である。普通の人なら「今目の前でこれがあって腹が立つ」と意識できるものを、多重人格では意識できない。「なぜそう感じるのかがわからない」まま、感情だけが暴走するような感じ。過呼吸が起こるのでよく倒れていた。それも、おそらく意識して行動に移すことができない分感情が凝縮されるというか、一般的な感情が平手打ちなら多重人格では包丁で刺されるような、表面積の違いで症状の重さが違うような気がする。

 

二年前働けないレベルにまで箕浦を追いやった症状は基本的に「なぜそうなるのかわからない」たとえば起きがけや出掛ける前の発作、自宅で身体が動かなくなる、仕事中の離人症や視覚聴覚の認識のフリーズ、通して見ると「外界を拒む」ことが目的と思われる。

その原因となっていたのが、基本人格と言われるが本来の姿そのまま残っていた【ひまさん】の反応である。

 

症状が出始めたのは同棲・婚約破棄直後からで、それまでひまさんがなんとなく保っていた「ここに収まっていれば大丈夫」という安心感がなくなったのが元凶となって、「外に出るのが不安」「電気を付けるのもこわい」「自分が居ていいのかわからない」という、下界戦闘組からすると意味不明の症状が出ていた。

それだけのことで、人の生活が破綻するとは誰も考えない。ただ箕浦の場合は生命すら危ぶまれたシーンが何度もあったため、やれることは全部試みた。その結果発掘できたのがひまさんだった。

 

明らかに自分が意図するものとは違う反応が出るため、意志力では解決できない。認知療法の「外に出ても大丈夫」というのを学ぶ方法が一般的だが、箕浦の場合は症状を起こしているひまさんに手入れすることで症状が収まった。

 

これは人格化が起こる多重人格だけではないと思う。基本人格といわれるものは誰にでも備わっていると思う。病みやすい人は意図して病んでいるわけではなく、本来の自分が伸び切れない環境に曝されて結果症状が出る。「大人としての自分」を維持するために基本人格の放棄を迫るのがよくあるパターンである。それではまた再発してもおかしくない。その場凌ぎに時間を費やすならそれでもいいと思う。

 

ただ「その子の歩幅に合わせてやる」ことは、今大変でも後のラクさを考えたらやるしかないと思った。自分らが過ごしやすくなるばかりではなく、結局そこに戻すことが当人にとって「はじめて自分の人生を営む」ことになる。

 

基本人格が出られるようになると対策は本当に円滑になる。何が症状の原因なのかはっきりしやすい。それは簡単に済むことであったり、人間社会がある限りどうしようもなかったりもする。

それをいかに言い訳で交わしてひまさんを素直に泳がせるか、その症状対策のために私はこうして書き物するようなものである。

映像や鏡を見てなぜ「自分である」と認識できるか

他の人にどう見えるかはわからないが、私は映像を見て、表情と性格、持っている記憶や情報でキャラクターが特定できる。

私が多重人格発覚後に自分を認識したのは、他の子たちが「鬼コーチのターン」と言っている時間の記憶が私にあったことからだった。

 


【帰ってきた鬼コーチ】ある時代の性格の人格化【実録多重人格】

 

それから過去の映像を見直して、「これは自分の意見である」という部分で「自分の見え方」が認識でき、今は表情や動きでわかる。

 

鏡に映る自分を自分だとすんなり認識できるのは主に下界戦闘組。普段から仕事場などで「周囲からどう見えているか」を意識しているためもある。

箕浦の多重人格の場合、「顔つき、動き」「頭のなか(議事堂といわれる場所)」「ひまさんの目線(司令塔であり、症状の源になる)」に分かれている。同時進行で複数キャラが稼働していて、たとえば仕事中なら下界戦闘組が働きながら議事堂でいろんな名無しが会話している。視界にひまセンサーに触れるものがあると動きが修正されたり、議事堂に情報が降りたりする。こうして【ひまさんが生きていける仕組み】ができているために、下界戦闘組以外の人員はイマイチ「自分が他から見えている」というのがイメージしづらい。

 

「自分はおばあちゃんである」と自称するキャラもいる。その場合、自分の動きをしてみるとえげつないほど胡散臭くなった。そいつはもうツイッターとライン専門で表に出ないことにした。

 

記憶が人格をつくるという話があった。記憶と言っても、17歳なら「学校」という決まった場所があり、最終兵器は場所がなくとも服があったが、箕浦には「表に出たことがない子」というのがたくさんいる。そのため自宅には「自分のものを記憶以外に持たない子」のための服が用意されている。それでも一律してしまうとアレなので、キャラが出しやすいように黒パーカー、ピンクのパーカー、襦袢(パステル・原色・白)と、なんとなく「自己イメージに近いもの」が選べるようになっている。特に襦袢は普段外に晒すものではないため、表に出たことがない子にも抵抗が少ないような気がする。

別に他の子の服が近ければそれでもいい。今日の下界戦闘組は17歳のジャージを着ていた。17歳は人格化することは稀で、負けん気として他のキャラのベースにいることが多い。

服選びは「アピール」とかではなく、私が「それを選ぶ経緯を知る」ためのもので、視聴者には不親切かもしれない。それぞれ自由に振る舞える環境を整えてあって、「こう見せてください」的な設定は一切置いていない。

 


【下界戦闘組】ひまさんへ伝えたいこと

 

基本的に社会に出ている人員は鏡を気にしない。単純に映ったものが自分だと思っている。

映ったものに違和感があるのは、はっきりはしないが別のベクトルの「自己イメージ」が存在していることの表れである。ひまさんの自己イメージは今の年齢よりはるかに幼い。自分の服と思えるものがないため裸で撮っているが、これは「自分で服を選んだことがない」ということだと思われる。襦袢すら着られないことから、いかに「選ぶ能力」が欠如しているかがわかる。

 

普通の人はそれぞれ思い思いの服を選んで、自分を「自己イメージ」に近づけている。多重人格でもそれは同じだと思う。デートの日に服や髪型が思い通りにキマらないと萎える。その感じ。

 

おそらくひまさんは、鬼コーチが生まれる以前は鏡に映る自分を自分と認識していた。そこで時間が止まっているために、今現在鏡に違和感を持っている。これまでは知らない間に勝手に人生が進んでいた。

数日前初めて自分が話している映像を見て、「自分が話したことと映像が一致していた」ために違和感が多少和らいでいて、今後「鏡に写っているのが自分である」と認識できるようになってくると思われる。

 

 元々ひまさんの自己イメージはひどかった。取り残されていて、居場所がなく、好きなことに手を伸ばすのもはばかられる。なんの権利も持っていない。差し出されたら泥団子でもよろこんで食べないといけないという話もあった。

それがいろんな箕浦を見ることで、「自分が思っているのと違う」というのは薄々あったようだった。誰かが「寝起きを晒して安心してもらう」こともしていた。自分がきたないと思い込んでいるひまさんに対して、「いやなんでも大丈夫だよ」という働きかけだった。

 

鏡を見て自分だと認識できるのは、「時間の流れに乗りきれている証拠」なのかもしれない。これは多重人格を眺めて言えることではある。ただそれが一概に良いことだとは思っていない。

数年前まで、3歳ごろの写真を見るとひまさんがぼろぼろ泣いていた。その当時、鏡に違和感なんてなかった。乗りきれている代わりに見過ごしているものがあることもある、それも私はわかっている。

スタンダールといろんな箕浦から見える恋愛における「結晶化作用」

スタンダールの「恋愛論」というしょーもない本がある。恋愛とはいかなるものか?みたいなのを連ねた確か文庫で600ページくらいに渡る人間観察記録である。

 

自己陶酔しているように見える人でも、結晶化があればその陶酔に引き込まれるというようなヤツ。恋は盲目みたいなのをいろんな角度から見ている。

 

他のキャラは自分の見え方しかないが、私には各キャラからの見え方がわかる。

 

椿ちゃんは忙しい人、モテる人、浮気が好きである。障害があっても会いに来てくれるとかいうのが普通の恋愛より愛され感があるらしい。で、しょっちゅう会えると萎えるらしい。椿ちゃんは結晶化している瞬間だけを眺めてウキウキしている少女そのものである。

これを他の箕浦から見た場合、そもそも恋愛観がまったく違っている。

 17歳なら恋は「越えるべき壁」。自分がいちばん好きというのがプライドになっている17歳は、好きな人ができると、手の内の希望をひったくられたような気になってしまう。そのため、椿ちゃんの好きな人を見てほくそ笑んでいて、「なぜこいつが椿ちゃんにとって魅力なのか?」を考えてそれを自分に組み込んでしまう。そうなると椿ちゃんの色恋は終わる。椿ちゃんにとっての恋は「自分に足りないものを埋め合わせてくれるもの」であり、17歳にとっては「課題を与えてくれる先人」のようなものである。

 

こんなのを見てると恋だの永遠の愛だのバカバカしくなってくる。

 

結晶化とは可能性の輝きではないかと思う。

最近不倫のわかりやすい映画を見た。女扱いされなくなった妻がアツい恋愛に走るありがちなヤツ。それがなんとなく人間関係の侘びしさを埋め合わせる行為で別に誰が悪いということもないような感じがした。

 

つまらんことを言うと、可能性とは開けてない引き出しのことで、引き出しが少ないヤツは飽きがくる。結婚なんてしたら好奇心はそこに懸かってるし、不倫が問題というよりも面白く無いお前は問題じゃないのかと言いたくなる。17歳は別に恋だの意識したわけではないが、なぜかやたらに「ギャップ萌え」を意識していた。チャラチャラすればするほど「お箏弾ける」「実は勉強できる」が映えると思っていて、わかるヤツにだけその引き出しがわかるようになっていた。それは案外賢明で、それに気が付くヤツも必ずそういう引き出しを持っている。

 

詰めていけば、人には必ず余白というものがあって、「なにかを感じ取る、考える余地」というものが残されている。必ず人と食い違う部分。生きてきた経緯が違えばそれはかならず在るもの。それがないということは人と同じ引き出ししかないということで、結晶化は自分のテンション上げてくれる幻想止まりになる。

結晶化が続くのはそういう余白が常に残されている状態。それは相手の在り方自体が結晶であるという純化された関係性であり、それを包括した安定が愛情の正しい在り方ではないかと思う。

多重人格の終わってる話

相当な数ある。

なんでお前と?

箕浦のキャラの中に、「椿ちゃん」というピンク系キャラがいる。ひと目ぼれみたいなのが多く、いろんなところで恋愛沙汰を起こしてくる。基本的に「みんな好き勝手やってバランスが取れている」ため他のキャラがやっていることは放置してきた。

が、たまに謎のキャラ変が起こる。

 

弟としか思ってないヤツとなぜかそういうことになっている。が、そんなこと日常茶飯事だったのでだいたい「なんか理由があるんだろうなあ」としか思っていなかった。箕浦の人生に自主性なんて何一つない。というか自分を自主性の柱にするなら私は「有事に備えて情報収集と特訓」しかしていない。

 

恋って何

 

これはいままで晒していないが、私だけ全員の「見え方」がわかっている。そのため、「恋人用箕浦」と「別にそいつどうでもいい箕浦」、「そいつとは悪友の箕浦」など見え方の違い、感じ方の違いが露骨にわかってしまう。

 

以前同棲していたことがあったが、当初その相手と付き合いだしたのは先に出た椿ちゃんである。お姫様扱いが当たり前になっているため、なんでも言うこと叶えてくれるそいつと付き合った。が、一般人に近い箕浦が出ていたり、17歳のような美意識に傾くキャラが出た場合に行き違いでは済まない事件に発展する。

 

多重人格に気付かないまま各キャラクターが勝手に発動していたため、いきなり缶酎ハイぶっかけて空き缶で殴る、いきなり家出する、デート中勝手に帰る、自転車投げつけるなどの暴挙に加え、「社会的に認められてる彼氏」とは別にみんな勝手に好きな人を作って絡んでいた。それが一般的には浮気と見えても、全員が自分の好きな人を本命だと思っているため、まったく話にならなかった。ヤケクソで「お気に入りくん制度」とかいうのを作って凌いでいたが、今現在「キャラ固定しなくてもいい相手」のみに相手を絞っている。全員に負荷がかからない方法を取っていく以外の対策はない。

 

責任ってなに

 

これは以前チャンネル上でもちょっと問題に上がった。

そもそも責任とかいうのがよくわからない。責任とは契約があって発生するものだと思っている。おそらく、意思表示をすることが人間関係における契約の役割を果たすために、「責任の追求」というのが行われる。

「おまえはこう言ったから履行しろ」というような保守的な態度からくるヤツとしか思っていないので、「いや気持ちって変わるじゃん?」となるけどもそれだとダメらしい。

別にプライベートでそれやる必要はないだろうと思う。が、そういうのがついて回るためにもう基本的に約束事も意思表示もしないことにしている。人と関わるのがメンドクサイ人は基本それがメンドクサイんじゃないかなと思う。

 

じゃあ自分にとっての責任は何かといえば、自分が考えてやったことの結果に対するものならわかる。それは今のところ箕浦の症状くらいにしか私は置いていない。その結果が出た時点でその分析をしてまた次に発展させる。その行為が責任を取るということだと言われればわかるが別に責任なんて意識していない。

やっぱり共同体意識があるから責任追求なんてあるんじゃないかと思う。それによって人の気持ちを蔑ろにすることに鈍感になるなら私はそういうのは要らない。気持ちがあれば責任なんて言われなくても取る。形骸化に親しむことはできない。まったく違うようで、自分もひまさんなのかなとこういうときに思ったりする。